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路地裏記

百合や創作の話をします。

無題

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無題

大切な相棒であるところの猫が空に旅立ちましたことをお知らせします。

もう十年以上の付き合いになる猫でした。

近所の野良のボス猫のそばをうろついており、やはり野良である猫でした。ボス猫の生活圏を邪魔しないようにと隔離するために迎えた猫でした。のちには結局そのボス猫もあわせてお迎えしたのですが、彼が先に旅立ち、先住の老猫も旅立ちましたので、ずいぶんとこの飼い主とふたりきりでした。

夏場にまだ半ば放し飼いしていた折には虫だの鳩だのを捕まえてきてくれました。私は女性をしか愛しませんがこの雄になら養われてやってもいいなと思いながら彼の持参したさまざまの生き物の亡骸を土に還したものです。

薄く光る横長の板の前でカタカタうるさいボタンを押してばかりいる飼い主の前に居座り、じっとしていたり、飼い主の掌を両前足で引き寄せ鼻先を埋めてそのまま寝入ったり、ボタンつきの板を足で落としてくれたり、光る板のボタンを突然両足で押して光を落とすなど、さまざまのことをしてくれました。

もう飼い主と光る板の間にはただの空間があります。邪魔をする何者もおりません。けれど飼い主は少しも嬉しくないのです。

もう留守の間に炊飯器のコードが外されごはんが炊けていないことを心配する必要もありません。イヤホンのコードを引っ張られる心配もありません。脱走される惧れもありません。けれど少しも嬉しくないのです。押入れに隠れて飼い主を慌てさせたり、何度もごはん皿の前に畏まって動かずモンプチ・クリスピーキスをねだることもありません。けれど飼い主は少しも嬉しくないのです。

疲れた日に鍵を掛け忘れ、雨戸ごと開いて逃げられた日はビラを貼りながら捜し歩いたものです。今やそんな力もなく、脱走されたら困ると思いながら窓を閉じて眠りにつくのが飼い主の日課でした。

窓をわずかに開いたまま眠ってしまったある日、目覚めて慌てて見回すと、かの猫はじっと窓際のいつもの台の上におり、起きた飼い主を見つめ返しました。その変化の理由は人如きに知る由もないのですが、信じる、ということを身をもって飼い主に教えてくれたように感じています。

今なら窓を開いても逃げる何者もおりません。けれども少しも楽しくないのです。

検査過程でその症状からもう手遅れと判明したとき、通院した直後の数日間はこれまでいなかった居場所に隠れていた覚えから、無闇で苦痛しかない治療を控えると決心しました。


そのときには、先に意識がなくなり、それから体機能が低下しました。

肉体の苦しみに意識の上で最期まで苛まれることがなかった、それだけが救いです。

 

翌日にお骨を返してもらう約束のもと、お寺に体を預けた帰り道、そこにはいないし、そんなはずはないのに、夕日のまばらな残像が空に向う猫の足跡のように見えて、どうあってもそうとしか見えず壮絶に寂しく感じました。その猫が飼い主の時間をすりぬけなければ、それはただの光の残像で、足跡といった幻想的なものに「見える」ことはなかったでしょう。恐らくそうした錯覚が起きることが、遠くはるかな視点で見れば幸せと呼ばれるのだと思います。猫がこうして私にとって何もかもを猫に関わるものに見せてくれること、そう見せてくださった不思議そのものに感謝しています。

ただ、私は未だ達観に至らない畜生の人間なので、苦しみにも悲しみにもまみれております。手遅れと判明したときに識った、無念という、涙でしかあらわれない気持ちも抱えております。早い話が、めそめそしております。


かの猫の四十九日目、その二日前は先達の愛猫の七回忌でもあります。

その頃までしばしSNSの利用は最低限のものとして控えさせて頂きます。

オンラインで猫を愛でてくださいました方々に心より御礼申し上げます。

願わくば、かの猫の、菩提あるいは綿の国星にいたりますことを束の間お祈り下さいましたら幸いです。

 

 

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